2014年から2025年まで、私は電験2種を11回受験しました。合格の報告をすると、よく「よく諦めずに続けられたね」と言われます。でも正直に白状すると、私を支えていたのは立派な理由ではありませんでした。今日は、その「立派じゃない理由」を6つ、包み隠さず書いてみます。

受験11回。我ながら、よく粘りました

まず私の戦績を並べてみます。2014年から2017年まで4回受験。科目合格は拾えたものの、一次試験の突破には届かず。2018年は受験せず。2019年から2023年までさらに5回受験するも、やはり一次試験の壁を越えられず。2024年にようやく一次試験を突破するも二次試験で不合格。そして2025年、11回目の受験で二次試験に合格しました。

最後の1年で何を変えて合格にたどり着いたのかは、別の記事に詳しく書いています。

こうして書き出すと、我ながらなかなかの沼っぷりです。合格まで12年。普通はどこかでやめてもおかしくない年月です。実際、途中でやめていった仲間も見てきました。では、なぜ私はやめられなかったのか。

合格体験記には書きにくい、本音の理由が6つあります。浅いものから順に、だんだん心の深いところへ潜っていきます。

やめられなかった6つの理由

理由 1

収入アップの、手っ取り早い手段だったから

いきなり生々しい話ですみません。でも事実です。電験2種は、取れば確実に収入に反映される資格でした。学歴や職歴をいまからやり直すことはできませんが、資格なら努力次第でなんとかなる。「手っ取り早い」と書きましたが、労力は別です。手っ取り早くて、ものすごく大変でした。

理由 2

職場で求められていたから

私の勤め先は特別高圧で受電している事業所で、電験2種の取得者が求められる環境でした。つまり「取れたらいいね」ではなく「取ってほしい」という空気です。この外からの圧は、しんどい反面、やめる選択肢を消してくれる効果もありました。

理由 3

周囲から期待されている「気がした」から

「気がした」というのがポイントです。実際に期待されていたのかは、いまだにわかりません。自意識過剰だった可能性は大いにあります。ただ、勝手に期待を感じて、勝手に応えようとしていました。動機なんて、案外そんなものかもしれません。

理由 4

「孤高の存在」に見られることへの憧れ

書いていて一番恥ずかしい理由がこれです。難関資格を黙々と目指し、静かに合格していく人。かっこいいじゃないですか。私はああいう存在に見られたかったのです。実態は、10連敗しながらジタバタもがく人でしたが。

理由 5

学生時代の劣等感を消し去りたかったから

ここから先は、少し重たい話になります。詳しくは次の章で書きますが、私は学生時代に背負った劣等感をずっと引きずっていました。電験2種は、それを消すための挑戦でもありました。

理由 6

がっかりさせた親を、喜ばせたかったから

6つの中で、一番深いところにあった理由です。これも次の章でお話しします。

並べてみると、実利がふたつ、見栄がふたつ、心の傷がふたつ。「電気の仕事への情熱」みたいな綺麗な理由は、ひとつも入っていませんでした。

理由の奥にあったもの

理由5と理由6の話をします。

私は学生時代、世間的には優秀と言われる工業系の学校の電気科に入りました。ところが、入ってからが続きませんでした。周りのレベルについていけず、勉強から脱落し、結局中退してしまったのです。

あとになって聞いた同級生たちの勤め先は、誰もが知る一流企業ばかりでした。同じ教室にいたはずの彼らと自分との距離が、年を重ねるほど開いていくように感じて、私はずっと劣等感を抱えていました。

そしてもうひとつ。私の父は、堅い経歴を歩んできた人です。息子が良い学校に入ったときは喜んでくれました。その学校を中退したとき、父がどう思ったのか、直接聞いたことはありません。ただ、がっかりさせただろうな、という思いだけが、ずっと胸の中に残っていました。

電験2種は、世間的に見ても立派な国家資格です。これに受かれば、あのときのがっかりを、少しは取り返せるんじゃないか。同級生たちと同じフィールドに、もう一度立てるんじゃないか。──いま思えば、この気持ちが一番深いところで私を支えていました。

受験しなかった年の話

受験歴に、1年だけ空白があります。2018年です。この年は、子どもが生まれた時期と試験がちょうど重なり、受験を見送りました。

ここでも正直に白状します。理由としては100点満点の「受験しない言い訳」ができて、内心ホッとしていました。4連敗の直後です。勉強から堂々と逃げられることに、安堵している自分がいました。

ただ、それと同時に、足踏みしていることへの不安も確かにありました。ホッとしながら、焦っている。矛盾していますが、あれが偽らざる心境でした。

逃げた年があっても、ちゃんと戻ってこられます
いま長期戦の沼の中にいる方へ。1年くらい受験しない年があっても、大丈夫です。私は1年逃げて、そこから7年かけて戻ってきました。沼は逃げません。休みたいときは、休んでいいと思います。

それで、合格して「回収」できたのか

ここまで書いた不純な動機たちは、合格して報われたのか。結論から言うと、自分の心の中では、すべて回収されました

父は、合格を喜んでくれました。安心もしてくれたと思います。──と書きましたが、これは私の想像です。父の本当の心境を聞いたわけではありません。それでも、あの日の「がっかり」に、自分なりの落とし前をつけられた気がしています。

同級生への劣等感はどうか。電験2種を取ったことで、ようやく彼らと同等のフィールドに立てた気がしています。これも、あくまで自分の心の中だけの話です。同級生たちは、私のことなど覚えてもいないかもしれません。でも、この闘いは最初から最後まで、私の心の中の闘いでした。心の中で決着がついたなら、それで十分です。

職場では、褒め称えてもらえました。チヤホヤされて、素直に気分が良かったです。孤高の存在への憧れ(理由4)も、このとき少しだけ叶った気がします。

一方で家族はというと、資格の価値はあまりピンと来ていないようで、反応は「よかったねー」くらいでした。まあ、そうですよね。勉強時間を捻出するために、一番迷惑をかけたのは家族です。ここから先は、上がった収入で返していかないと、と思っています。

その勉強時間をどうやってひねり出していたかは、別の記事に書いています。

まとめ:動機は、立派じゃなくていい

お金のため。職場のため。見栄のため。劣等感のため。親のため。私の動機は、どれも合格体験記の1ページ目には書きにくいものばかりでした。

でも、いま振り返って思うのは、理由が6つもあったから続いた、ということです。どれかひとつが折れても、残りの理由が私を机に向かわせてくれました。立派な動機がひとつあるより、不純な動機がたくさんある方が、長期戦では案外強いのかもしれません。

もしあなたが今、「こんな理由で目指していていいんだろうか」と思いながら勉強しているなら、大丈夫です。その理由は、立派じゃなくていい。やめられない理由があるうちは、沼の中でもがき続ける値打ちがあると、合格に12年かけた私が保証します。

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