2025年の晩秋。私は電験2種を完全に諦めていた。

試験当日は散々だった。手応えはゼロ。帰り道、「また来年か」とも思わなかった。「もう終わりにしよう」と思った。公式解答も確認しなかった。自己採点もしなかった。合格発表も、見なかった。

ところが——

ある日、自宅に郵便物が届いた。試験結果の通知だ。
どうせ不合格だ——そう思いながら、渋々、封を開けた。

2025年度 電験2種 二次試験

合 格

……え?

これは、12年かかった電験2種合格の記録だ。

第1章|まず正直に:12年間の受験歴

美化せずに書く。

内容
2008年 電験3種 合格
2014年〜2017年 電験2種 一次試験(4回受験) 不合格
2018年 受験なし
2019年〜2023年 電験2種 一次試験(5回受験) 不合格
2024年 電験2種 一次試験 合格 → 二次試験 不合格
2025年 電験2種 二次試験 合格

一次試験を計10回、二次試験を2回。合計12年。われながら、よく続けたと思う。

第2章|なぜ続けたのか——正直に言う、惰性だ

半ば諦めながらも、なんとなく毎年申し込んで、なんとなく受け続けた。「どうせ落ちるけど、受けるだけ受けてみるか」という感じだ。

ただ、心のどこかに「いつかは」という小さな炎はあった。子どもが増え生活費も上がったため、収入を増やさねばという現実的な理由もあった。電験2種を持っていれば、仕事の選択肢が広がり、収入も上がる。それが諦めきれない理由だった。

2018年は、妻の出産と試験の時期が重なった。その年だけ、受験を休んだ。家族を優先するのは当然だが、内心は複雑だった。「また一年遠回りした」という焦りと、「それでいい」という安堵が混ざっていた。

第3章|2024年の山と谷

2024年、10回目の挑戦で、ついに一次試験に合格した。

運にも恵まれたのだと思う。素直に嬉しかった。しかし同時に思った。「今年、二次も終わらせないと」。再び一次に受かる自信などない(特に理論!)。喜びより、焦りのほうが強かったかもしれない。

その年の二次試験も、それなりに勉強した。でも、結果は不合格だった。

この年の敗因と、翌年変えたことは、別の記事に詳しく書いた。

……正直、かなりきつかった。一次を突破できた喜びの直後に、また壁に跳ね返された。「合格が見えたと思ったのに」という感覚が、じわじわと心を削っていった。これは、9回落ち続けた経験より堪えた。

第4章|人生で一番しんどかった1年間

2024年の二次不合格から、2025年の試験まで——この1年間が、12年で一番きつかった。

一番正直な気持ちを言う。「楽になりたかった」

合格したいというより、勉強から解放されたかった。この重荷を下ろしたかった。毎年毎年、試験という締め切りに追われる生活。趣味も、休暇も、全部その影に覆われている気がしていた。

前年の不合格の反省から、「思いつくことは全部やろう」と決めた。もう出し惜しみはしない。全部やって、それでも落ちたら、その時は本当に諦める。そういう覚悟で臨んだ。

第5章|全部やった——2025年の勉強法

参考になるかわからないが、実際にやったことをそのまま書く。

2025年にやったこと全部

  • 過去問(平成7年〜30年の問題)を8周する
  • 過去問(令和元年〜6年の問題)を5周する
  • わからない問題はYouTubeの解説動画を貪るように視聴する
  • 論説問題の過去問を自分の声で録音し、家事中・通勤中にイヤホンで聴く
  • 就寝中も音声を流し続ける
  • 自分の時間はほぼすべて勉強に充てる

「睡眠中もやってた」というと笑われるかもしれないが、本当のことだ。鬼気迫っていたと思う。「楽になりたかった」という気持ちが、そこまでさせた。

この勉強時間をどうやってひねり出したかは、別の記事にまとめている。

第6章|試験当日、そして郵便物

2025年の二次試験の手応えは、散々だった。

試験会場を出た瞬間、「あ、だめだ」と思った。公式解答も確認しなかった。自己採点もしなかった。ネットの合格発表も見なかった。もう電験2種のことを、頭から消そうとしていた。

そんなある日、自宅に郵便物が届いた。冒頭の話に戻る。

どうせ不合格だ——渋々、封を開けた。

2025年度 電験2種 二次試験

合 格

長かった。やっと終わった。

12年間の重荷が、一気に下りた気がした。

諦めかけているあなたへ

私は電験2種に12年かかった。一次試験を9回落ちた。半ば諦めながら、惰性で続けた年もあった。

「楽になりたかった」という、きれいごとじゃない動機が最後に背中を押した。

もし今、試験を諦めようとしているなら——渋々続けるだけでも、意味があるかもしれない。私がそうだったように。

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